大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(行コ)25号 判決 1983年2月22日

控訴人(原告) 上原久也 外一名

被控訴人(被告) 金箱澄高 外四名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人らの当審における新請求をいずれも棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人金箱澄高は、訴外長野県須坂市に対し、長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三七号により抹消された、原判決別紙物件目録記載の一の(一)の土地についての同出張所昭和四九年一月一六日受付第四六一号の、同目録記載の一の(二)の土地についての同出張所同年同月二一日受付第六五九号の各所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

3  被控訴人中村茂男は、訴外長野県須坂市に対し、原判決別紙物件目録記載の一の(三)の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三六号により抹消された同出張所昭和四九年一二月四日受付第一五六九四号の所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

4  被控訴人黒岩賢は、訴外長野県須坂市に対し、別紙物件目録記載の二の(一)の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三八号により抹消された同出張所昭和五三年一一月一日受付第一四六五〇号の、同目録記載の二の(二)の土地につき同出張所昭和五五年一月一一日受付第三三九号により抹消された同出張所昭和五三年一一月一日受付第一四六五一号の、同目録記載二の(三)の土地につき、同出張所昭和五五年一月一一日受付第三四〇号により抹消された同出張所昭和五三年一一月一一日受付第一四六五二号の各所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

5  被控訴人植木栄蔵は、原判決別紙物件目録記載の一の(一)及び(二)の土地につき長野地方法務局須坂出張所昭和五五年五月一〇日受付第五七六三号の、同目録記載の一の(三)の土地につき同出張所同年二月一三日受付第一七四四号の、同目録記載の二の土地につき同出張所同年二月一四日受付第一八一〇号の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ(当審において訴えを変更した。)。

6  被控訴人植木栄蔵は、訴外長野県須坂市に対し、原判決別紙物件目録記載の三の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五四年九月六日受付第一二三三八号により抹消された同出張所昭和五三年一〇月三一日受付第一四五六六号所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

7  被控訴人興和ゴム株式会社は、原判決別紙物件目録記載の三の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五四年一一月一六日受付第一六三二五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ(当審において訴えを変更した。)。

8  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次に改めるほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  原判決三枚目裏八行目から同五枚目裏四行目までを次のとおり改める。

三  請求の原因

1  控訴人らは、普通地方公共団体長野県須坂市(以下「市」という。)の住民である。

2(一)  市は、被控訴人金箱の先代乕之助から原判決別紙物件目録記載の一の(一)の土地(以下「本件一の(一)の土地」という。)を昭和四八年一二月一七日、同目録記載の一の(二)の土地(以下「本件一の(二)の土地」という。)を昭和四九年一月一〇日、被控訴人中村から同目録記載の一の(三)の土地(以下「本件一の(三)の土地」という。)を同年一一月二八日、被控訴人黒岩から同目録記載の二の(一)(以下「本件二の(一)の土地」という。)、二の(二)の土地(以下「本件二の(二)の土地」という。)及び二の(三)の土地(以下「本件二の(三)の土地」という。)(以下これらの三筆の土地を併せて「本件二の土地」という。)を昭和五三年一〇月三〇日、被控訴人植木から同目録記載の三の土地(以下「本件三の土地」という。)を同日それぞれ買受けて、その所有権を取得した。

(二)  仮に、本件一の(一)の土地、本件一の(二)の土地及び本件一の(三)の土地(以下これら三筆の土地を併せて「本件一の土地」という。)を前記の各日にそれぞれ買受けなかつたとしても、市は、財団法人須坂市開発公社(以下「(財)公社」という。)を介し、昭和四九年一二月二三日金箱乕之助から本件一の(一)の土地及び本件一の(二)の土地を、同日被控訴人中村から本件一の(三)の土地をそれぞれ買受けた。

(三)  そして、市は、本件一の(一)の土地については長野地方法務局須坂出張所昭和四九年一月一六日受付第四六一号の、本件一の(二)の土地については同出張所同年同月二一日受付第六五九号の、本件一の(三)の土地については同出張所同年一二月四日受付第一五六九四号の、本件二の(一)の土地については同出張所昭和五三年一一月一日受付第一四六五〇号の、本件二の(二)の土地については同出張所同日受付第一四六五一号の、本件二の(三)の土地については同出張所同日受付第一四六五二号の、本件三の土地については同出張所同年一〇月三一日受付第一四五六六号の各所有権移転登記を受けた。

3  ところが、本件一の(一)の土地及び本件一の(二)の土地についての前記所有権移転登記は長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三七号により、本件一の(三)の土地についての前記所有権移転登記は同出張所同日受付第三三六号により、本件二の(一)の土地についての前記所有権移転登記は同出張所同日受付第三三八号により、本件二の(二)の土地についての前記所有権移転登記は同出張所同日受付第三三九号により、本件二の(三)の土地についての前記所有権移転登記は同出張所同日受付第三四〇号により、本件三の土地についての前記所有権移転登記は同出張所昭和五四年九月六日受付第一二三三八号により、それぞれ錯誤を原因として抹消されたうえ、本件一の(一)の土地及び本件一の(二)の土地については同出張所昭和五五年五月一〇日受付第五七六三号の、本件一の(三)の土地については同出張所同年二月一三日受付第一七四四号の、本件二の土地についてはいずれも同出張所同年同月一四日受付第一八一〇号の、いずれも被控訴人植木栄蔵を所有者とする所有権移転登記がされ、本件三の土地については同出張所昭和五四年一一月一六日受付第一六三二五号の被控訴人興和ゴム株式会社(以下「被控訴会社」という。)を所有者とする所有権移転登記がされている。

4  しかしながら、本件土地はいずれも市の所有であるから、右3掲記の各抹消登記及びその後の各所有権移転登記は、いずれも実体的権利関係に合致しない無効のものである。

5  仮に、被控訴人植木に本件一の土地及び本件二の土地が、また被控訴会社に本件三の土地がそれぞれ市から売渡されたとしても、次の理由により、右被控訴人植木及び被控訴会社は右土地の所有権を取得することはできず、したがつて、その所有権移転登記も無効である。

(一) 右売買について市を譲渡人とする農地法上の手続がされていない。

(二) 右売買は、被控訴会社が以前から所有している土地をより広い道路に接するようにし、あわせて同社の用地を拡大するためにされたものであり、公社が実質上の当事者となつて積極的にこれを推進したものであるが、公社が右推進役であつたこと及び右の目的などを隠蔽し、あたかも被控訴人ら私人間においてされた単純な土地売買に過ぎないものにみせかけるため、前記のとおり市への所有権移転登記を抹消し、被控訴人ら間で直接所有権移転登記手続をする形式をとつたものである。この結果、公有地の拡大推進を目的として設立された公社の行為によつて公有地を失うこととなつた。この公社の行為は公序良俗に反する無効なものである。

6  被控訴人金箱澄高は、昭和五一年五月二五日、相続により亡金箱乕之助の地位を承継した。

7  控訴人らは、昭和五四年一一月三〇日、市監査委員に対し、本件土地につき、地方自治法二四二条の規定に基づき監査と必要な措置を講ずべきことを求めたが、市監査委員は、本件土地の売買は公社が行つたもので、市は全く関与していない旨の監査結果を、同年一二月二二日控訴人らに通知した。

8  よつて、控訴人らは、地方自治法二四二条の二の規定に基づき、市に代位して、被控訴人らに対し、第一の一の2ないし7のとおり請求する。

四  請求の原因に対する答弁

1  1の事実は、認める。

2  2の事実のうち、(一)、(二)の事実は否認し、(三)の事実は認める。

3  3の事実は、認める。

4  4は争う。

5  5の(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

6  6の事実は、認める。

7  7の事実は、認める。

二 原判決五枚目裏六行目の「財団法人須坂市開発公社(以下(財)公社という。)」を「(財)公社」に、同七行目の「(一)、(二)」を「(一)の土地及び本件一の(二)」に、同六枚目裏四行目の「一、二」を「一の土地及び本件二」にそれぞれ改める。

理由

第一被控訴人の本案前の主張について

被控訴人は、本件土地を売却したのは公社であつて、公社の土地処分は、地方自治法第二四二条の二第一項四号における住民訴訟の対象とならないから、本件訴訟は不適法であると主張する。

しかしながら、本訴は、本件土地が市の所有であるにもかかわらず、本件土地についての市への所有権移転登記が抹消され、被控訴人植木及び被控訴会社を所有者とする所有権移転登記がされているから、市としては本件土地の所有権に基づいて右抹消された登記の回復登記手続と右被控訴人らに対する所有権移転登記の抹消登記手続を求める登記請求権を有し、市はその請求をして原状を回復すべきであるのにそれを怠つているとして、地方自治法第二四二条の二第一項第四号の規定に基づき、控訴人らが市に代位して原状回復を求めるものと解されるから、被控訴人の右主張は、失当である。

第二本件土地の帰属について

一  本件土地についての売買及び登記の経過に関する当裁判所の事実認定は、原判決八枚目表四行目の「成立に争いがない」から同一一枚目表八行目までと同一(ただし、八枚目表四行目の冒頭に「請求原因2の(三)、3及び6の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と併せて、」を加え、同裏初行の「四〇号証」を「第三九号証、第四〇号証の一ないし三」に、同行の「、(財)公社」を「(財)公社」に、同六行目の「財団法人須坂開発公社(以下(財)公社という。)」を「(財)公社」にそれぞれ改め、九枚目表三行目の「(以下公拡法という。)」、同四行目から五行目の「(須坂市土地開発公社)」及び同七行目の「(一)、(二)、(三)の」をそれぞれ削り、同一一行目の「(一)、(二)」を「(一)の土地及び(二)」に改め、同末行の「昭和」の前に「公社との間で、」を加え、同裏四行目の「(一)、(二)、(三)の」及び同八行目から同九行目の「(一)、(二)、(三)の」をそれぞれ削り、同一〇枚目表二行目の「四、一四四万円余」を「四、一四四万円余(物件補償費四六万二七〇〇円を含む。)」に、同七行目の「同」をいずれも「本件一の」に、同八行目から同九行目の「(一)、(二)」を「(一)の土地及び本件二の(二)」に、同行目の「同」を「本件二の」に、同裏三行目の「農地であつたから、その所有権移転」を「農地であつたが、右(一)の(財)公社の所有権取得」にそれぞれ改め、同四行目の「要する」から同五行目の「手続を」までを削り、同行の「それまでなされていた」を「爾後の売買等によつても、所有権の移転が生じていないにもかかわらず既にされた」に、同六行目の「被告会社」から同七行目の「符合しないので」までを「被告会社への各所有権移転登記は、実体関係に符合しない無効なものであるので」に、同九行目の「当事者」を「当事者(ただし、金箱乕之助についてはその相続人である被控訴人金箱)」に、同一〇行目「買受人たる地位」を「買受人として所有権を取得する地位」にそれぞれ改め、同一一行目の「買受人」を削り、同一一枚目表二行目の「(一)、(二)」を「(一)の土地及び本件一の(二)」に改める。)であるから、これをここに引用する。

二  右認定の事実によると、控訴人らが請求の原因2の(一)、(二)で主張するような経過で市が本件土地を買受けたという事実は認められない。もつとも、本件一の(一)の土地及び本件一の(二)の土地については金箱乕之助を売主、(財)公社を買主として売買契約が締結され、また本件一の(三)の土地については被控訴人中村を売主、(財)公社を買主として売買契約が締結され、その後、本件一の土地について、(財)公社を売主、公社を買主として売買契約が締結され、更に、本件一の(一)の土地及び本件一の(二)の土地について公社を売主、市を買主として売買契約が締結され、本件一の(三)の土地と市所有の土地とが交換されたことが認められる。しかし、前掲甲第一号証ないし第三号証によると、本件一の土地はいずれも農地であると認められるから、金箱乕之助又は被控訴人中村と(財)公社との売買については農地法に基づく許可を受けなければならないと解されるところ、右許可を得たと認める証拠はないから、(財)公社は右売買によつて本件一の土地の所有権を取得することはできず、したがつて、その後(財)公社と売買契約を締結した公社及び公社と売買契約又は交換契約を締結した市も所有権を取得することはできなかつたものといわなければならない。のみならず、前記認定の事実によれば、本件一の土地については、その後、市を売主、公社を買主として売買契約が締結され、更に、公社を売主、被控訴人植木を買主として売買契約が締結された後、右売買契約に関与した当事者全員(ただし金箱乕之助についてはその相続人である被控訴人金箱)において被控訴人植木が本件一の土地の買受人として所有権を取得する地位にあることを認め、金箱乕之助の相続人である被控訴人金箱又は被控訴人中村から被控訴人植木に対し、農地法に基づく許可を得たうえ所有権移転登記手続をすることを合意し、右合意に基づいて、農地法に基づく許可を得て所有権移転登記をしたことが認められるから(請求原因5の(二)の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。)、本件一の土地の所有権は被控訴人植木に属し、市にはその所有権のないことが明らかである。なお、前記認定の事実によれば、本件二の土地及び本件三の土地については、市がこれを買受けたものとは認められないから、市がその所有権を取得したものとは認められない。

三  したがつて、市は、本件土地の所有権を有しないというべきである。

第三結論

原審は、市が本件土地の所有権を有するかどうかについて審理をしたうえ、市は本件土地の所有権を取得しなかつたものであつて、抹消された登記の回復を求める地位にないと判断しながら、本訴請求は地方自治法第二四二条にいう地方公共団体の財産の管理処分に関するものであるところ、同条にいう財産とは、本件土地に即していえばその所有権を指すものと解すべきであるから、市に本件土地の所有権がない以上、同法第二四二条の二の規定に基づく訴訟を提起することはできないものであつて、本訴(その一部は当審における訴えの変更前のもの。)は不適法であるとしてこれを却下したものであり、このことは、本件記録及び原判決の判文に徴し明らかである。しかしながら、本訴は、前述のように、控訴人らが市に代位して市の本件の各土地の所有権に基づき抹消された登記の回復登記手続及び所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求であるから、市が本件土地の所有権を有するかどうかは、右請求における本案の要件事実であり、市が本件土地の所有権を取得したことがなく、したがつてその所有権を有しない以上、その余の点について判断するまでもなく、右請求は失当であるから、これを棄却すべきものであつて、本訴を不適法として却下すべきものではない。したがつて、本訴(当審における新請求を除く。)を不適法として却下した原判決は、失当である。ところで、右のように、市に本件土地の所有権がない以上、控訴人らの本訴請求は失当として棄却されるべきものであることは明白であるところ、原審は前述のように本訴請求の本案の要件事実である本件土地についての市の所有権の有無について審理判断をしているのであるから、事件を原審に差戻すことなく当審において右のように判断しても、控訴人らの審級の利益を奪うことにはならないものと解すべきであるが、被控訴人の控訴又は付帯控訴のない本件においては、原判決を取消して控訴人らの請求を棄却することは、形式上民事訴訟法第三八五条の不利益変更の禁止の規定に反することとなるので、本件控訴に対しては単に控訴棄却の判決をすべきであり、また、当審における新請求についてはこれを失当として棄却することとし、控訴費用(当審における訴訟費用)の負担について同法第九五条、第八九条、第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 吉崎直彌)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 本件訴えを却下する。

二 訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告金箱澄高は、訴外長野県須坂市に対し、長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三七号により抹消された、別紙物件目録記載の一の(一)の土地につき同出張所昭和四九年一月一六日受付第四六一号の、同目録記載の一の(二)の土地につき同出張所同年同月二一日受付第六五九号の各所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

2 被告中村茂男は、訴外長野県須坂市に対し、別紙物件目録記載の一の(三)の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三六号により抹消された同出張所昭和四九年一二月四日受付第一五六九四号所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

3 被告黒岩賢は、訴外長野県須坂市に対し、別紙物件目録記載の二の(一)の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五五年一月一一日受付第三三八号により抹消された同出張所昭和五三年一一月一日受付第一四六五〇号の、同目録記載の二の(二)の土地につき同出張所昭和五五年一月一一日受付第三三九号により抹消された同出張所昭和五三年一一月一日受付第一四六五一号の、同目録記載の二の(三)の土地につき、同出張所昭和五五年一月一一日受付第三四〇号により抹消された同出張所昭和五三年一一月一一日受付第一四六五二号の各所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

4 被告植木栄蔵は、第一ないし三項の回復登記手続を承諾せよ。

5 被告植木栄蔵は、訴外長野県須坂市に対し、別紙物件目録記載の三の土地につき、長野地方法務局須坂出張所昭和五四年九月六日受付第一二三三八号により抹消された同出張所昭和五三年一〇月三一日受付第一四五六六号所有権移転登記の回復登記手続をせよ。

6 被告興和ゴム工業株式会社は、右回復登記手続を承諾せよ。

7 訴訟費用は、被告らの負担とする。

二 本案前の答弁

本件訴えを却下する。

三 請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一 本案前の主張

1 別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。)の売却当時における所有者は、須坂市土地開発公社(以下公社という。)であつて、須坂市ではない。

2 公社の土地処分は、地方自治法二四二条の二の一項4号における住民訴訟の対象とならない。

3 よつて、本件訴訟は、訴訟要件を欠き、不適法である。

二 本案前の主張に対する答弁

1 第1項は、否認する。

2 第2、3項は、争う。

三 請求の原因

1 原告は、普通地方公共団体長野県須坂市(以下市という。)の住民である。

2 市は、昭和五〇年三月二八日被告金箱の先代乕之助から別紙物件目録記載一の(一)、(二)の土地(本件一の(一)、(二)の土地という。)を、被告中村から同目録記載一の(三)の土地(以下本件一の(三)の土地という。)を、昭和五一年七月一八日被告黒岩から同目録記載二の土地(以下本件二の土地という。)を、昭和五三年一〇月三〇日被告植木から同目録記載三の土地(以下本件三の土地という。)を、それぞれ買受けてその所有権を取得し、その登記を経由した。

3 市は、本件一、二の土地を被告植木に、本件三の土地を被告興和ゴム工業株式会社(以下被告会社という。)に、それぞれ売渡したとして、前記市への所有権移転登記につき、本件一、二の土地については昭和五五年一月一一日付で、本件三の土地については昭和五四年九月六日付で、それぞれ錯誤を原因として、抹消登記をしたうえ、右被告らへの所有権移転登記手続を経由している。

4 しかし、市は、本件土地の所有権を取得したものであるから、錯誤を原因として市名義の所有権移転登記を抹消したことは、実体に合致しない無効な登記である。

5 仮に、前記被告らへの売渡しが成立したとしても、右売渡しは須坂市土地開発公社(以下公社という。)が行つているところ、公社は、公用地の拡大の推進に関する法律(以下公拡法という。)に基づき、公共用地や公用地の取得を目的として設立されたもので、公社が被告会社のような一企業の用地拡大に奉仕するような行為をして、公共事業用地として利用すべき土地を失うような行為をしたのであるから、被告らへの前記本件土地売渡行為は、公序良俗に反し無効である。

6 原告らは、昭和五四年一一月三〇日市監査委員に対し、本件土地の売渡につき、地方自治法二四二条に基づき、監査と必要な措置を講ずべきことを求めたが、市監査委員は、本件土地の売買は公社が行つたもので、市は全く関与していない旨の監査結果を、同年一二月二二日に回答した。

7 よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二に基づき、市に代位して、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり、抹消された市名義の登記の回復登記手続を求める。

四 請求の原因に対する答弁

1 第1項の事実は、認める。

2 第2項の事実のうち、市名義の登記が経由されたことは認め、その余は争う。

3 第3項の事実は、認める。

4 第4項は、争う。

5 第5項のうち、公社が公拡法によつて設立されたこと及び本件土地を被告植木らに売渡したことは認め、その余は、争う。

6 第6項の事実は、認める。

7 第7項は、争う。

五 被告の主張

1 財団法人須坂市開発公社(以下(財)公社という。)は、本件一の(一)、(二)の土地を被告金箱の先代乕之助から買受け、本件一の(三)の土地を被告中村から買受けたが、公社が(財)公社を承継して右土地を取得したのち、これを市の学校用地として市に売却したものの、市が学校を建設しなかつたため、更にこれを公社に売却した。

2 公社は、本件二の土地を被告黒岩から買受けたのち、これと本件一の土地を、本件三の土地の代替地として被告植木に売却し、本件三の土地を被告植木から買受けたのち、これを被告会社に売渡した。

3 本件土地の売買経過は、以上のとおりであつたが、公社における事務担当者の過誤により、本件土地の取得登記を当初の土地所有者から直接市宛にしたのち、最終の買受人である被告植木ないし被告会社宛に所有権移転登記が経由された。

4 右の登記手続については、農地法上の許可ないし届出手続がなされていなかつたので、農業委員会の指導もあり、前記市及び被告植木ないし被告会社に対してした登記を、錯誤を原因として抹消したうえ、改めて、関係当事者全員の同意のもとに、当初の土地所有者又は相続人(被告金箱)から直接最終の買受人たる被告植木ないし被告会社に対し、所有権移転をすることとし、その旨の農地法上の許可を受け又は届出をしたうえ、その旨の登記を経由した。

5 以上のように、本件土地は、(財)公社ないし公社が、その売買などに関与したうえ、最終的には、本件一、二の土地は被告植木に、本件三の土地は被告会社に対し、いずれも所有権が移転されたもので、市は現在本件土地を所有していない。

第三証拠<省略>

理由

一 請求の原因第1、3、6項の各事実及び本件土地につき市名義の登記が経由されたことと、公社が公拡法によつて設立され、本件土地を被告植木らに売渡したことは、当事者間に争いがない。

二 成立に争いがない甲第一ないし七号証、第八ないし一一号証の各一、二、三、第一二号証の一ないし五、第一四ないし二〇号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四、五号証の各一、二、第六号証の一ないし九、第七号証、第八ないし一一号証の各一、二、第一二号証、第一三、一四号証の各一、二、第一五、一六号証の各一、二、三、第一七号証、第一八号証の一、二、第一九号証、第二〇号証の一、二、第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証、第二五号証の一、二、第二六、二七号証、第二八号証の一、二、三、第二九号証、第三一号証の一ないし四、第三四号証の一、二、第三五号証、第三八ないし四〇号証、第三六号証の一ないし四のうち、(財)公社、公社及び市長作成部分、証人坂本光晴の証言、被告植木尋問の結果、右証言及び尋問の結果により成立の認められる乙第三六号証のうち前記以外の部分によると、次の各事実を認めることができる。

(一) 財団法人須坂市開発公社(以下(財)公社という。)は、市の策定する開発計画にそつて用地の先行取得を目的として設立されたものであるところ、長野県の委託に基づき、農業試験場用地の代替地として、被告金箱の先代乕之助(昭和五一年五月二五日死亡)から、昭和四八年一二月一七日本件一の(一)の土地を、昭和四九年一月一〇日本件一の(二)の土地を、いずれも代金二八五万円で買受け、次に市の委託に基づき、学校建設用地として、被告中村から、昭和四九年一一月二八日本件一の(三)の土地ほか一筆の土地を、代金六六〇万円で買受けた。

(二) 公有地の拡大の推進に関する法律(以下公拡法という。)の施行に伴い、市では昭和四九年九月公社(須坂市土地開発公社)を設立し、(財)公社の取得財産及び一切の事務を引継ぐことになつた。

(三) 公社は、昭和四九年一二月二三日本件一の(一)、(二)、(三)の土地を含む一九筆の土地を、(財)公社から代金七、三九〇万円余で買受けた。

(四) 市は、昭和五〇年三月二八日市立豊州・日野統合小学校用地として、公社から、本件一の(一)、(二)の土地を含む一〇筆の土地を、同日市議会の議決を得たうえ、代金二、七九九万円余で買受けたほか、昭和五一年七月一〇日本件一の(三)の土地を含む三筆の土地を、市所有にかかる須坂市大字沼目五八三番一の土地ほか三筆の土地と交換した。

(五) 市は、その後統合小学校の建設を中止したため、昭和五二年四月二〇日本件一の(一)、(二)、(三)の土地を含む五筆の土地四、六八九平方メートルを、代金一、七九〇万円余で公社に売渡した。

(六) 公社は、市からの委託に基づき、旭ケ丘工場団地買収のための代替地として、昭和五三年一〇月三〇日本件二の(一)、(二)、(三)の土地を、被告黒岩から代金一、九七四万円余で買受けた。

(七) 公社は、昭和五三年一〇月三〇日被告植木に対し、本件一、二の土地を、同被告から買受けた本件三の土地の代替地として、代金三、四六五万円で売渡した。

(八) 公社は、市の委託に基づき、旭ケ丘工場団地の拡張等のため、昭和五三年一〇月三〇日本件三の土地を、被告植木から代金四、一四四万円余で買受けたうえ、同日被告会社に対し、代金四、二六八万円余で売渡した。

(九) 本件土地の売買経過は、以上のとおりであるところ、いずれも(財)公社又は公社における事務担当者の登記手続上の過誤によつて、(財)公社の買受けた本件一の(一)の土地につき昭和四九年一月一六日付、同(二)の土地につき同月二一日付、同(三)の土地につき同年一二月四日付、公社が買受けた本件二の(一)、(二)の土地につき昭和五三年一一月一日付、同(三)の土地につき同月一一日付、本件三の土地につき同年一〇月三一日付で、いずれも当初の土地所有者から直接市に対して、所有権移転登記手続を経由したのち、本件一の土地につき合筆のうえ昭和五三年一一月六日付、本件二の土地につき合筆のうえ同月七日付で被告植木に対し、本件三の土地については同日付で被告会社に対し、それぞれ所有権移転登記手続が経由された。

(一〇) 本件土地は、いずれも農地であつたから、その所有権移転につき農地法上の許可ないし届出手続を要するところ、この手続を経由していなかつたので、それまでなされていた合筆の登記及び前記市や被告植木、被告会社に対してなされた各所有権移転登記手続は、取引の実態に符合しないので、これらの登記を錯誤を原因として抹消したうえ、前記売買に関与した当事者において、最終譲受人である被告植木及び被告会社が本件土地の買受人たる地位にあることを認め、当初の売渡人から右買受人の地位にある者に対し、農地法上の許可ないし届出手続を経由したうえ、所有権移転登記手続をすることに合意した。

(一一) 前記合意に基づき、いずれも農地法上の許可ないし届出手続を経たうえ、本件一の(一)、(二)の土地については、昭和五五年五月一〇日付で訴外金箱乕之助の相続人である被告金箱から被告植木へ、本件一の(三)の土地については、同年二月一三日付で被告中村から被告植木へ、本件二の土地については、同年二月一四日付で被告黒岩から被告植木へ、本件三の土地については、昭和五四年一一月一六日付で被告植木から被告会社へ、それぞれ所有権移転登記手続を経由した。

三 以上の認定事実によれば、本件土地の売買は(財)公社又は公社が関与して行われ、最終的に本件土地を取得すべき被告植木及び被告会社が、当初の売渡人である被告中村、同黒岩、同植木、同金箱(乕之助の承継人)の承諾をえて、本件土地の買受人たる地位を取得し、農地法上の許可ないし届出手続を経て、その所有権を取得したものというべきであり、本件土地につき行われた市名義の所有権移転登記は、公社における事務処理上の誤まりによるもので、取引の実態に符合しない登記であるから、これを錯誤を原因として抹消したことは相当であつて、現在本件土地につき、法律上の利害関係を有しない市としては、市名義の登記の抹消登記の回復を求めうる地位にないものと言わざるをえない。なお、前示のとおり、本件一の土地については、市が学校用地にあてるため買受人の地位を取得した時期があるけれども、農地法上の許可ないし届出手続を経由していない以上、右土地の所有権を取得したものとはいえず、たまたま右土地に市名義の登記が経由されているからといつて、右登記は取引の実態に符合しないものであるから、その抹消登記の回復を求めることのできないことは明らかである。

四 次に、原告らは、公社が本件土地を被告会社に売渡した行為は、公序良俗に反し無効であると主張する。しかし、前示のとおり、市としては本件土地につき抹消登記の回復を求めえる地位にない以上、右売渡行為の無効を主張する利益がないものと言うべきであるのみならず、公拡法一七条、同法施行令七条の規定に照らすと、公社は、地域開発のため工業用地、流通業務団地等の造成事業や国、地方公共団体等の委託に基づき、土地取得のあつせんなどの業務を行いえるようになつており、公社の行つた本件土地の売買行為は、市の委託に基づく工場団地拡張のために行つたものであるから、それがたとえ一企業の用地拡大に奉仕する結果になつたとしても、地域の秩序ある整備を図るため必要であつたとすれば、これをもつて公序良俗に反し無効であると断ずることは相当でなく、原告らの右主張はいずれにしても失当であつて採用できない。

五 以上によれば、市は、本件土地につき所有権を取得しなかつたものであつて、本件抹消登記の回復を求めうる地位にないことは明らかである。しかし、本訴請求は、そもそも地方自治法二四二条にいう地方公共団体の財産の管理処分に関するものであるところ、同条にいう財産とは、本件土地に即していえば、同法二三七条、二三八条の文言に照らし、その所有権を指すものと解すべきであるから市に本件土地の所有権がない以上、同法二四二条の二に基づく訴訟を提起しえないものであつて、結局本訴は不適法として却下を免れない。

六 よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例